序曲/Prologue
Acrylic on canvas /F30 ×3= 910 × 2181 × D63 mm /2023,9
純粋な好奇心やアイデンティティを見失う度に、僕たちは自分の存在や作品を俯瞰視することで、世界と自分の縮尺を自由に行き来してきました。
物事を注視し続けると全体像や意味を見失い、立場や視点が変わるゲシュタルトの基本概念は、僕にとって重要な事であり、伝えたい事のひとつでもあります。
これを簡潔に説明するならば、それ自体が完全な全体像であり、気づきの欠落した空虚な現代人に命を吹き込むおまじないのようなものです。
これらは表面に現れるものが最も重要で、無意識下まで掘り下げる必要は大してありません。
人は方法にこだわるあまり、純粋な動機や興味を見失いがちですが、自身のカルマの構造を理解すれば、自虐や消耗戦ばかりの人生の脚本を再編することも可能です。
難しく考える必要はなく、この心地の良い違和感に乗せて、カタチという概念がどういうものか自由に感じ取ってみてください。
*平面に備わる空間の奥行きや直列構造を曖昧にすることで、別の視点や可能性を生み出し、鑑賞者のゲシュタルトを崩壊させるこの表現方法をシリアリズムと名付けた。
*一つのもの(こと)に注視すると全体を見失い、それらを別の視点から見ると新しい表情や発見があるというこのゲシュタルトの心理学は、画家にとって重要なことであり、それが作品に込められた想いそのものである。
*ゲシュタルトとは「形・全体・統合」を意味しており、ゲシュタルト療法は、意識に上っていない自分の部分に気づき、それを自分に統合していくことが柔軟にできるようになることを目指します。 精神分析的ではなく、実存的、人間主義的なアプローチをとります。(googleより引用)